東京高等裁判所 昭和43年(ネ)646号 判決 1969年9月30日
理由
《証拠》によれば、被控訴人が昭和四十一年十一月十三日現在訴外山我商事株式会社に対し被控訴人主張のような売掛代金債権を有していたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠がないところ、右同日控訴人と被控訴人との間に被控訴人主張のような連帯保証契約が締結されたこと、訴外山我商事株式会社及びその代表者山我裕三と控訴人との間に控訴人のために債権極度額を金三千万円とする根抵当権を設定すべき旨の約定がなされたことは当事者間に争がない。
そこで本件保証契約が控訴人主張のような停止条件付のものであつたか否かにつき判断する。
《証拠》を総合すると本件保証契約成立の経緯につき次のような事実が認められる。
訴外山我商事株式会社はメリヤス外衣の製造、織物の買次等を目的とする会社であるところ、昭和四十一年十月頃営業不振により倒産の危機に瀕したので、控訴人及び被控訴人を含む訴外会社の大口債権者十名が集り、訴外会社からその実情についての説明をきき善後策を協議した結果、右債権者等の見込では未だ訴外会社の再建は可能であるということになり、営業継続の意思を失つていた訴外会社代表者山我裕三に対し訴外会社の営業を継続させるべく説得に努めた結果、同人も翻意して会社の営業を継続する気持になり、同人から右債権者等に対し訴外会社及び同人がそれぞれ所有する別紙物件目録記載の土地、建物につき債権者等のため根抵当権を設定する代りに債権者等より訴外会社の営業の継続に必要なメリヤスの原料である原糸の供給及び未払工賃その他の支払に充つべき当面の流動資金の貸付等の援助を受けたい旨の要請があり、これに対して当時訴外会社に対し約金千四百万円の原糸の売掛代金債権を有し最大の債権者であつた控訴人において訴外会社に対し右の援助を与えるのが適当であるという右債権者等の意見で、結局控訴人が右根抵当権の設定を受けて訴外会社に対し右の援助を与えること、また控訴人のみが右根抵当権の設定を受ける代りに他の債権者等の訴外会社に対する債権についてそのうちの一定額の弁済を保証すること、同時に他の債権者も各自の債権について一定期間支払を猶予して訴外会社の再建に協力するということで話がまとまつたので、これに基いて協定案を作成し、昭和四十一年十一月十三日訴外会社の債権者等が出席して開催された債権者会議にはかつた結果、訴外会社及びその代表者山我裕三、控訴人、被控訴人その他の債権者間に大要次のような協定が成立した。
(イ) 債権額二百万円以上の債権を有する債権者は債権の支払期より一年間、債権全額の支払を猶予する。但し訴外会社はその営業収益より債権額の十五パーセントに相当する額を一年以内に弁済し、控訴人は右十五パーセントに相当する額につき手形書換時より百八十日以内に決済する旨の保証書を控訴人以外の債権者に差入れる形式で保証する。
(ロ) 債権額二百万円以下百万円以上の債権を有する債権者は債権の支払期より六ケ月間債権額の五十パーセントにつき、また一年間爾余の五十パーセントにつき各その支払を猶予する。但し訴外会社はその営業収益より前者の五十パーセントに相当する額を六ケ月以内に、後者の五十パーセントに相当する額のうち十五パーセント相当額を一年以内に弁済し、控訴人は右の十五パーセントに相当する額につき(イ)と同様の形式で保証する。
(ハ) 債権額百万円以下の債権を有する債権者は債権の支払期より四ケ月間債権全額の支払を猶予する。但し訴外会社はこれをその営業収益より四ケ月以内に弁済し、控訴人は債権額の五十パーセントに相当する額につき(イ)と同様の形式で保証する。
(ニ) 控訴人は訴外会社に対し原糸を供給し、また未払工賃その他の支払のため訴外会社が当面必要とする流動資金の貸付を行う等訴外会社の営業継続に必要な援助を与える。
(ホ) 訴外会社が控訴人より右援助を受けるについては、その前提として訴外会社及びその代表者山我裕三はそれぞれその所有する別紙物件目録記載の土地、建物に控訴人が訴外会社に対し現在有している売掛代金債権、今後供給すべき原糸の代金債権、流動資金の貸付債権及び控訴人が訴外会社の控訴人を除くその余の債権者に対する債務につき訴外会社のため連帯保証をしたことにより将来取得すべき求償債権を被担保債権としてその極度額を金三千万円とする根抵当権を設定する。
およそ以上の事実を認めることができるのであつて、前顕各証拠のうち右認定に反する部分はたやすく信じ難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、本件保証契約は訴外会社の再建を目的とする訴外会社及びその代表者山我裕三と訴外会社の債権者等並びにこれらの債権者等相互間の協定の一環として締結されたものであり、控訴人は訴外会社及びその代表者山我裕三からそれぞれの所有に属する別紙物件目録記載の土地、建物に控訴人が訴外会社に対して現に有する売掛代金債権、今後供給すべき原糸の代金債権、流動資金の貸付債権及び控訴人が訴外会社の控訴人を除くその余の債権者に対する債務につき訴外会社のため連帯保証をしたことにより将来取得すべき求償債権を被担保債権としてその極度額を金三千万円とする根抵当権の設定を受けることを条件として訴外会社として訴外会社に対し原糸の供給及び流動資金の貸付等訴外会社の営業継続に必要な援助を与えることを約し、また控訴人が右根抵当権の設定を受けることを条件として控訴人が控訴人を除くその余の債権者に対しこれら債権者が訴外会社に対して有する債権のうちの一定額の弁済を保証することを約したものというべく、控訴人と被控訴人間の本件保証契約も訴外会社及びその代表者山我裕三においてそれぞれその所有する別紙物件目録記載の土地建物に控訴人のため前記根抵当権を設定することを停止条件として締結されたものと解するのを相当とする。
《証拠》によれば、訴外会社所有の別紙物件目録記載の土地、建物(時価約金九百万円)については控訴人のため債権極度額を金三千万円とする根抵当権が設定されたが、山我裕三個人の所有する別紙物件目録記載の土地、建物(時価約金千万円)については前記協定が成立する以前である昭和四十一年十一月十日既に代物弁済を原因として訴外村田長株式会社のため所有権移転登記がなされていて、本件保証契約がなされた当時控訴人のために根抵当権を設定することは不可能の状態にあつたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。然らば本件保証契約はこれが締結された当時その条件の成就が不能の状態にあつたものであり、従つて右保証契約は無効であるといわなければならない。
よつて本件保証契約が有効であることを前提とする被控訴人の本訴請求はその余の争点についての判断をまつまでもなく失当として棄却すべく、これと趣旨を異にする原判決は不当である。